19:大事な何か、幸せな居場所

 あの年を思い出すと「クラブが悪いから成績悪くて当たり前」とか「こんなレベルのサッカーダメだ」などという、客観的な分析(いや、他人事な目線)なんて何の意味も成さないと強く思います。
 大事な何かを失ったら、取り戻すために多くのことを浪費します。大事な何かが壊れたままになるかもしれません。

 あの年負けが込んでた頃、想いを込めていると苦しさを受け止めきれなくなって、レッズを否定し始めたら止まらなくなりました。大柴や城定や盛田を批判しました。負けるのがつらすぎて、降格が恐ろしすぎてクラブを信じられなくなってました。 
 しかし、最後の5試合にレッズへの本当の思いを痛感させられました。翌年の終盤を含め「素手で心臓を握られる」思いというのは、他で味わったことのない感覚でした。
「大事な物が無くなってしまう」そんな危機感でした。
 福田のVゴールで試合が終わり、スタジアムから出た「WE ARE REDS」の大コールは「大事な物を失いたくない」と言う皆の思いが強かったんじゃないかと思いました(延長に入った時点で選手もスポンサーも自分たちの熱い想いも、全て消えてしまうような恐怖感がありました)。
 あのコールが自発的に起こった時点で、自分は悔しさと同時に「来年、再来年とやり返してやる!」と強く思えました。
 あの時を思い出すと、今は何もかもが恵まれ過ぎてる気がします(ここ数年のレッズが醸し出すロイヤルな雰囲気には、ローカルな埼玉県民として違和感を持ってました)。前は勝ったり負けたりで、勝利に貪欲でした(次勝ったのに、生で見られなかったら大損だと本気で思ってました)。
 今は降格の危機もないし、何年かの貯金(できすぎなぐらいに勝ちましたね)があるので悔しさも不思議と起こらない気がします。
「大事な何か」「幸せな居場所」について、もう一回思い出してみる良い機会だと思い、メールさせていただきました。

 11.27のあの日、駒場から居酒屋に向かい皆で飲みました。
 ボトルキープした安い焼酎に、名前と一緒に「駒場に集えばいいことあるさ」って書き込んだの思い出しました。
(男性/当時27歳)

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