第2回ゲスト 森本麻衣子さん 元レッズレディース選手 その2

第2回ゲスト 森本麻衣子さん 元レッズレディース選手 その2

 前回に引き続き、元レッズレディース選手で、昨季引退した森本麻衣子さんのインタビューをお届けします。今回は、現役時代の選手としての思い出などについて、振り返っていただいています。

インタビュー時の森本麻衣子さん(11.10.18)

高野 07年から取材させてもらっていましたが、年々、プレーヤーとしての力が上がっていったイメージがあります。

森本 そんなことはないですけど(笑)、年々チームの実力が上がっていったという実感はありました。練習の内容も競争という意味も含めて。特に村松監督になってからは、そういう実感がありました。その上がっていく中で必死に付いて行こうということを考えていて、そのおかげで自分の力も上がっていったのかもしれません。とりあえず、いつもついて行くのに必死でした。

高野 自分というプレーヤーを振り返ったときに、どんな印象がありますか。

森本 なんだろう(笑)? すごく苦しいプレースタイルだったな、と思います(苦笑)。私の場合は、自分のコンディション、自分の気持ちを100パーセント出せないかぎりは、自分らしさを表現できないタイプでした。波がなく、淡々と自分の実力を発揮できる選手たちが、すごくうらやましかったです。常にいっぱいいっぱいで、気を抜いたらすぐに結果に響いてしまう。すごくきついな、というのは年々感じていました。だから、正直、長くはないな、と思っていたんです。

高野 よくコメント取材をさせてもらっているときも、「私の場合は100パーセントでやらないと」、ということを言っていましたね。

森本 それが大前提で、それでも結果に結びつくときとそうでないときがあったので。100を出さないかぎりはゼロだったから。いま思うと、その葛藤がすごくきつかったと思います。

高野 現役時代で一番の思い出は?

森本 一番近くのことだから覚えているのかもしれないですけど、得点したのがすごく印象深いです。最初で最後だったから(笑)。

高野 昨季の4月29日、湯郷ベル戦ですね。

森本 すごく覚えていますね。しかもゴールにボールが入ったのを自分は見ていなかったという(笑)。それが心残りなんですけど、決めた結果が印象に強く残っています。

高野 そのときのスタジアムの雰囲気は覚えていますか。

森本 覚えています。どよめいた感じというか、ざわついた印象というか(笑)。

リーグ初得点を決めた湯郷戦後、会場でヒロインインタビューを受け、笑顔を見せる森本さん(10.4.29)

高野 アシストの試合は覚えていますか。

森本 アンちゃん(安藤梢/現デュイスブルク)のヘディングかな? ジェフL戦(09年7月19日/フクアリ)ですよね!

高野 そうです。

森本 あれもめちゃくちゃうれしかった! 得点より、そっちの方がうれしかったかもしれません。初アシストですもんね。本当にうれしかったです。

アシストとなったクロスを送ったシーン。この後、安藤梢(現デュイスブルク)がヘディングシュートを決めた(09.7.19)

高野 喜んでいる姿が印象的でした。

森本 あ、そうそう! ちょっと喜びすぎたなって、後で反省したんです(笑)。

高野 いや、喜んで全然いいでしょ(笑)。

森本 開始すぐだったから、喜び過ぎちゃったなって(笑)。でも、あれはうれしかったんです。

高野 さきほど、だんだんチームが強くなっていったと話していましたが、それをどんなふうに感じていたんでしょうか。強豪チームになっていく過程があり、優勝しなければならないという雰囲気になっていったと思いますが。

森本 まず大前提として優勝するという目標はみんなで共有していました。でも、毎年、戦って行く中で、どんな順位にいるのか、どういう強さになっていっているのか、というのはあまり感じていませんでした。優勝を目指している集団なんだという認識はあったんですけどね。

 あとは、一つの練習を取っても、たとえばボール回しの質が年々上がっていったとか、そういうのはあったと思います。4対2のボール回しをやっていても、05年のときは大きなエリアでやっていたものが、年を追うごとに今のような狭いエリアでもワンタッチプレーができるようになっていったり、寄って離れる動きを繰り返したりすることで、ボールをつないでいくことができるようになったり。あとは紅白戦の競争もあったと思います。一つひとつの球際での争いとかが本当に厳しくなっていきました。それを続けていたら、あるとき気づくと、優勝争いをできるレベルにいたという感じでした。

高野 年々、代表クラスの選手が補強され、新加入の選手も世代別の代表選手が獲得されていきました。その中で、森本さんは常に最後はレギュラー候補に残り、出場を勝ち取っていて、それはすごいことだと思って見ていました。

森本 でも、そういう選手たちが来てくれたから、レベルが上がっていったんだと思うんです。ついていかなきゃ、ついていかなきゃ、って。それで追いつこうとした結果、自分もレベルアップできたんだと思います。ヤナギ(柳田美幸/現レッズレディース)さんとかもチームに加入して、そういう選手たちに必死についていったからこそ、チームに残っていられたんだろうな、と。それはやめる前にも思いました。

高野 ふつう、そうやって変わっていくことは難しいことだと思います。

森本 そうですね。同じ環境でも自分で意識を高く持って変わっていけるというのが本当は理想だと思うんですけど、それって難しいと思うんです。やっぱり限界があると。だから、私の場合は、チームが上がっていってくれたからこそ、成長できたというか。それで、成長を早められたんだろうな、というのは思います。

高野 練習もある部分では殺伐としていて、上達できる環境でしたよね。

森本 私、紅白戦が一番の楽しみだったんです(笑)。右サイドバックにつっちー(土橋優貴/現レッズレディース)、右サイドの中盤にヤナギさんという形でやっていて、対面する左サイドバックを私がやっているとき。何よりも、楽しみでした(笑)。
 公式戦とかよりも、逆にその2人と対戦する。私の前のMFの選手と、どうコミュニケーションを取って、プレッシャーを掛けて、ヤナギさんらしさを出させないか、という(笑)。嫌だと、違うスペースを探しに行くじゃないですか。そういう戦う中での駆け引きがすごく好きで。

 そういう意味では、09年や10年というのは、すごく良い雰囲気だったと、個人的には思っているんです。リザーブのチームはリザーブのチームで、レギュラー組の選手たちを絶対に負かすという気持ちでやっていたし、多少、荒いプレーもあったかもしれないですけど、それはチームとして良い結果を生み出していたと思います。

高野 対面する右サイドを止めるのが楽しかったというのは、公式戦の中でもそのくらい脅威に感じる相手がいなかったということでしょうか。

森本 そうかもしれないですね。もちろん公式戦も負けたくないという強い気持ちでやっていましたけど、紅白戦に関してはちょっと余裕もあるからか、楽しいという気持ちが強かったんです。

高野 そう感じられたら、上達しますよね。

森本 そうかもしれないです。 

<その3に続く>

□森本麻衣子(もりもと・まいこ) プロフィール
 1983年7月25日生まれ。東京都出身。東京女子体育大学からレッズレディースの前身である、さいたまレイナスに加入。日本女子サッカーのトップリーグで7年間プレーした。粘り強い守備とひたむきなプレーが持ち味で、DFとして、サイドバックやセンターバックなどでプレーした。レッズレディースが初優勝した09年時にも活躍し、チームのタイトル獲得に貢献。昨季をもって引退し、現在は、新しい夢に向かって突き進んでいる。

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