「あるさまざまな思い」

「あるさまざまな思い」

 スタジアムにいて、彼は、今のは拍手でいいんだろうか、と思うことがある。
 赤いユニフォームを身にまとった選手が、自分たちの仲間であり、サポートすべき対象であるという思いは、自分自身の中心をなすものでもある。だから、変なヤジやネガティブな声かけよりは断然いいし、自分もポジティブな姿勢で後押しをしたいと考えている。
 だが、フリーでシュートを放ち、いとも簡単に枠を外してしまった(ように見える)選手にも拍手を送るのは、どうも違うような、ちょっとした居心地の悪さのようなものを感じてしまうのだ。 続きを読む

 
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「9年目」

「9年目」

 浦和レッズが地域貢献として行っているサッカーの普及活動。それを担っているのが、浦和レッズハートフルクラブだ。
 ただし、ハートフルクラブは、単なるサッカーの普及グループではない。
 落合弘という希有の人材の哲学を反映し、「こころ」にフォーカスした取り組みを続けている。それは、今のような時代だからこそ大切で、それを浦和レッズというプロサッカークラブが行い、10年もの間続けてきたことが、非常に大切な意味のあることだと考える。 続きを読む

 
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「恋人」

「恋人」

 彼に話を聞いたとき、レッズへの深い愛情と思いが、その言葉から感じられる人だと思った。
 しかし、2011年、そんな彼の気持ちは大きく揺らいでいた。最後のところで、クラブはわかってくれているんだろう、彼はそう思っていた。だが、11シーズンのチームの惨状を見たとき、彼は自分の思いは間違っているのではないか、そう考えざるを得ない心境になっていた。J開幕からサポートを続けてきたクラブに、そうした疑念を持つことは、彼にとって何よりもつらいことだった。投げ出したい気持ちに駆られたのも1度や2度ではなかった。
 だが、そうしたとき、浮かび上がる光景があった。それが、今にも消えてなくなってしまいそうな思いに、かろうじて熱を加え、光をともし続けていた。 続きを読む

 
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「レッズ談義」

「レッズ談義」

 「勝って欲しいというのはもちろんです。楽しいのもすごく大事なんですけど、勝ちがないと良い方向に進んでいかないですし。かといって、06年のようなサッカー・・・」
 少し間を開けて、彼はこう話した。
 「でもあのときも楽しかったんですよね。だから、難しいんですけど。やっぱり勝って欲しいというところは強いですね」 続きを読む

 
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「生きがい」

「生きがい」
 

 「だいたい車で5、6時間くらいで、たいていは自分が運転しています。こっちに合流する人がいて、いつも3人で見ている、という感じなんですけど」

 32歳の瀬川純太は、岩手県北上市から年に10回ほど、そうやって埼玉スタジアムに来ている。
 大変じゃないですか、そう聞くと、「どうだろう?」と、3歳下の妻、真希子の方へ顔を向けた。「私は寝ているだけだから」と、真希子は笑顔を見せる。
 彼らは、北ゴール裏の中心からやや上方で参戦するサポーター夫婦だった。 続きを読む

 
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「心のクラブに・・・」

「心のクラブに・・・」

 心のクラブか、と問われたとしたら、「そうではない」と答えるだろう。
 彼が務めている会社は、浦和レッズに間接的に関わる仕事を請け負っている。
 今年で32歳になる彼は、その会社に就職して4年目を迎えていた。日本の中で有数の、いや唯一と言ってもいい熱狂的なサポーターのいるプロサッカークラブの仕事に、直接的ではないにしろ関わる機会がある。それは、サッカーを愛する彼にとって、うれしく誇らしかった。 続きを読む

 
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「“サラリーマン”」

「“サラリーマン”」

 MDPを発行するのには、発行元のレッズはもちろん、取材・編集を担当する弊社と、デザイン担当の株式会社ミネルバ、そして、印刷を担当する株式会社リョーインの3社が携わっている。
 43歳の藤田茂は、そのリョーインで、営業担当をしている。レッズの担当になったのは、1997年。ただし、担当ではないにしろ、入社してすぐにMDPに関わる業務のサポート役として携わり、その後もなんらかの形で関わっていたので、入社して今年で21年目になる彼は、まさに、印刷の側からMDPを見てきた生き証人でもある。 続きを読む

 
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「18歳の“作法”」

『18歳の“作法”』

 Jリーグが開幕して、今年で20年になる。それは、プロサッカークラブとして浦和レッズが歩んできた月日ともほぼ重なる数字だ。欧州のリーグ、クラブからすれば、まだわずかと言えるものかもしれないが、10年一昔、という言葉を考えれば、それなりの月日を日本のプロサッカーが積み重ねてきた、とも言える。
 そして、それはファン・サポーターも同じだろう。Jリーグ草創期に20代だった青年は子供を持ち、そのときに生まれた赤ん坊は、今や20歳前後になっているのだからーーー。 続きを読む

 
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「平日、会社に行くように・・・」

   『平日、会社に行くように・・・』
   
 2011年10月中旬、浦和レッズは、J1リーグ第29節大宮アルディージャとの大一番を控えていた。
 レッズは残留争いのまっただ中にいた。リーグでは8月20日のヴァンフォーレ甲府戦からの8戦を2分け6敗と、2か月近く勝ちがない厳しい状況が続き、同じく残留争いに身を投じていた大宮とのゲームを迎えていたのだ。リーグ終盤のダービーマッチは、どちらが残留するか、生と死を分かつような状況で、ふだんとはまた違った重みが加わった、両者にとって、“負けられない”一戦だった。  続きを読む
 
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「まえがき」

   『まえがき』

 本日から『赤の流儀』という連載をスタートさせていただくことになりました。

 浦和レッズのファン・サポーター、そして、その周辺で働く人々などに話を聞き、そこにある“赤”にまつわる思いや物語を伝えていきます。 続きを読む

 
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