「生きがい」

「生きがい」
 

 「だいたい車で5、6時間くらいで、たいていは自分が運転しています。こっちに合流する人がいて、いつも3人で見ている、という感じなんですけど」

 32歳の瀬川純太は、岩手県北上市から年に10回ほど、そうやって埼玉スタジアムに来ている。
 大変じゃないですか、そう聞くと、「どうだろう?」と、3歳下の妻、真希子の方へ顔を向けた。「私は寝ているだけだから」と、真希子は笑顔を見せる。
 彼らは、北ゴール裏の中心からやや上方で参戦するサポーター夫婦だった。

 岩手県出身で、今も地元に住む純太がレッズに出会ったのは、03年の夏、純太が転勤で駒場スタジアムの近くに住み始めたのが、きっかけだった。
 純太はプログラマーとして働き始めて2年目を迎えていたのだが、通勤するときと帰宅するとき、いつも駒場スタジアムとさいたま市青少年宇宙博物館の間にある道を自転車で走っていた。

 「駒場の横を毎日通っていたんですが、スタジアムの中がちらっと見えるところがあって。ある日、レッズの試合をやっていたんですね。で、そこから見たときに、すごいな! って。でかいフラッグがうねっている感じで、真っ赤だし。それで一度行きたいと思ったんです」

 初めてレッズの試合に訪れたのは、それからしばらくたった04年の11月6日。埼スタで行われた清水エスパルス戦だった。そのときの席はバックロアーのSA指定席。自分もゴール裏で応援がしたい、そんな思いを抱いたが、なかなか敷居が高く、その後もスタジアムでは、違う場所で過ごしていた。
 彼が、ついにその場所に足を踏み入れたのは、スタジアムを初めて訪れてから2年がたった06年、12月16日。埼スタで行われたアビスパ福岡との天皇杯5回戦だった。
 「延長まで行った試合でした。後半から延長までずっとコールが続いていて、1時間くらいだったんですけど、すごく疲れたのを覚えています。リーグ優勝して気持ちが高ぶっていたのと、リーグではないからちょっと敷居が低くなっている感じがして行ってみようと思って」
 それから彼はゴール裏で共に闘うようになった。

 真希子がレッズに関わったきっかけは、もちろん純太だ。
 「だんなさんとまだ付き合う前で、初めて2人で会うとなったときに来たのが、ここ(埼スタ)でした。最初から試合を見に行くという約束だったんですけど、私の休みがちょうど試合日だから、試合を見に行く? という感じで、あくまで自分が試合を見たいから誘ったっていう感じ。私は“ついで”だったんです」
 真希子は、冗談っぽく振り返る。

 純太もさすがにそのときは、ゴール裏に真希子を連れては行かず、SB指定席での観戦となったのだが、もともと兄がサッカーをしていて、野球などの他のスポーツよりもなじみがあった真希子は、初めての埼スタでの観戦を楽しむことができた。
 「初めてスタジアムで見て、結構近くで見られて面白いなと思ったのと、北の人たちがすごいよとは聞いていたんですけど、確かにすごいなって見たのを覚えています」
 その後は、一度、南ゴール裏で“ならし”、次からは北のゴール裏で一緒に応援するようになった。

 08年の春、純太は仕事の都合で、岩手県へと戻る。その冬には、真希子も岩手へと引っ越し、2人は約2年後、結婚をした。

 埼スタから460キロ以上も離れた、レッズからは遠い場所。だが、そこで暮らしていても熱は冷めず、数は限られたものの、夜行バスや今のような形での参戦をしていた。
 そして、そんな生活が続いていた11年3月11日。未曾有の大震災が起きた。

 あの日、純太は自宅から徒歩10分の仕事場にいた。これまでに経験したことのない揺れを感じたとき、彼がまず考えたのは、翌日に控えたレッズのホーム開幕戦に行けるだろうか、ということだった。
 真希子も翌日のことを考えていた。介護施設で働く彼女は、自宅から車で15分から20分ほどの職場にいたのだが、施設や利用者の状況を見て、私は行けないな、だんなさんだけに行ってもらうことになるな、そう考えていた。
 2人が住む北上市は、県庁所在地の盛岡市から南に約45キロ、海岸から離れた内陸部にある。そのため津波の脅威にはさらされずに済んだのだが、震度5強という大きな揺れが街を襲っていた。
 だが、当時、地震発生直後は、情報を何も入れることができなかったため、自分たちがどんな状況に置かれているのか、どんなことが起こったのか、まったくわからなかった。そのため2人にとっては重要な、レッズのホームゲームのことを、まず思い浮かべたのだった。

 純太は、いつも一緒にゴール裏で参戦している東京の友人に、「明日は行けないかもしれない」とメールを打っていた。その友人からは「こっちもどうなるかわからないから」と返ってきていたが、携帯電話の電池もすぐに切れ、使えなくなってしまった。
 家に帰り、家の中の家具などがめちゃくちゃで、電気や水道などのライフラインがすべて止まっていることを確認する。それまで、いかにホーム開幕戦に行くかを考えていたが、さすがにこれは無理だな・・・、と純太もあきらめざるをえなかった。

 幸い2人の住む地区は、3日後には電気などの供給が復活する。だが、余震のため緊急地震速報は鳴りやまない日々が続き、スーパーなどに行っても物はなく、街には荒涼とした雰囲気が漂っていた。
 「もう普通には戻らないのかな、と思っていました」
 当時のことを純太はこう話す。
 では、日常が戻ったと感じられたのはいつだったのだろうか。そう思わず聞いてしまったが、すぐに思慮のない質問をしてしまったと後悔した。純太は視線を遠くにやりながら、「生活の面ではどうだろう・・・」と一呼吸置いて、「電気が戻ってすぐ、ということではなかったと思います」と話してくれた。そして、「今でも日常に戻ったと思っている?」と真希子に聞く。

 「うちの周りはね。でも、海の方に行くとそうではないと思う。私は仕事が仕事だったから、利用者さんのお世話とかもあって、全然、1か月以上はそういう感じではなかったかな」
 真希子は、それまでより少し低い調子で、答えた。

 だが、そうした中でも、2人は地震発生から44日目に再開された、レッズのホーム開幕戦に訪れていた。
 当時の心境を2人に聞くと、不思議と特別な思いはなかったと言う。
 「いつもどおりでした。いつもどおり、彼が試合に、今度ホーム開幕を見に行くよ、みたいな感じで。高速道路とかもうねっていたりしたんですけど」
 真希子が言う。
 純太も「たぶん、いつもと変わらなかったと思います。でも、黙祷があって、そのタイミングでは、さすがに自分の気持ちも入っていきました」と、振り返った。
 被災地の方々はもちろん、それ以外の地域の人たちでさえ、特にあのころ、震災の映像などを見て、その惨劇の様子を目の当たりにし、精神的にも厳しい時期を迎えていたと思う。その中で、レッズの試合に駆けつける。それは彼らにとって、もしかしたら必要なことだったのかもしれないが、それでもその力は、すごいことだと思った。

 本当にレッズの存在が大きいんですね、そう言うと、純太は少しうれしそうに「大きいですよ」と笑った。
 端的に言えば、レッズが勝とうが負けようが、彼自身の実際の生活に影響はないはずだ。
 なぜ、そこまでの思いを持てるのだろうか。
 「ほかにこれだけ熱くなれるところってないんじゃないかなっていうのがずっと俺の中にはあって。だから、“そこ”に単純にいたいというか」
 真希子は、純太よりは一歩引いたサポーターだが、それでもこう話す。
 「大人になってから、こんなに一生懸命みんなでやることってないじゃないですか。それが面白いなと思いました」
 そして、純太は言う。
 「浦和のことを考えないことはないし、ここに来るまでにも結構頑張らないと来られないんです。だからたぶん、選手ほどではないでしょうけど、自分も一生懸命で、俺も“浦和”という思いがあるんだと思います」
 彼は、転勤で訪れた街で出会ったプロサッカークラブに人生を変えられた、と行っても過言ではないのかもしれない。
 俺も浦和――。
 その響きには、何の違和感もなかった。
 心にそういう存在があるのは幸せですか、そう問うと、純太は少し考えながら、ゆっくりとした口調で答えた。
 「こういうものが自分の心にあるというのは、いいことだと思います」
 すると、真希子が言う。
 「ハリは出るんじゃない?」
 「生きがいみたいなもんか」
 「だって試合を見に来るために頑張って働いているって感じだもん」
 妻にそう指摘され、純太はまんざらでもない、というように満足そうな表情を見せた。

 これから2人は、レッズとどんなふうに歩んでいくのだろうか。
 純太はこう考えている。
 「たぶん、年を取ってくるし、社会的な目もあるから絶対に来られなくなるときが来ると思うんですけど、ずっと関わっていきたいし、応援していきたいとは思っています。年を取っても、まったく来られないというのは寂しいんで、年に一回でも来られたらいいなって」

 真希子は、こう思っている。
 「たぶん、だんなさんからは切り離せないものだと思うので、スタジアムに来ることになると思うんですけど、家族ができたら一緒に来られればいいですし、来られない状況ならそのときは、だんなさんは試合に来て、私は実家に行ってという感じでいいと思います。たぶん、ずっとレッズが生活の中に“食い込んで”くるとは思うので」
 その口調は、どこか楽しげで、彼女がいたずらっ子のような笑顔を純太に向けた。
 純太もやさしげな表情を返していた。
                             <了>
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