10年目

 いつもこの時期になると思い出す。
 2005年2月20日付で埼玉新聞社を退社し、翌日から俺はフリーになった。2月21日が独立記念日で、2014年2月21日は独立10年目に突入した日だ。
 個人事業主としてスタートし、08年2月21日に会社を設立したが、やっていることは変わらない。とはいえ、会社にならなければこのホームページは開設しなかっただろうし、こうやってレッズに直接関係ないことをグダグダ書く機会はなかったかもしれない。

 21日というと、通常の2月が終わる1週間前。今年で言えば、Jリーグ開幕の2週間と1日前で、思えばよくこんな忙しい時期に仕事の環境を大きく変えたものだ(05年のJリーグ開幕は3月5日だったが)。
 当時、代休は100日ぐらい、年休は丸々2年分40日間残っていたはずで、在職中の俺の“夢”は、有給で連続半年間会社を休むことだった。しかし結局、独立の準備に数日間休んだだけで、ギリギリまで在職し、本当なら独立後に個人の仕事としてやればいいMDP増刊号も会社の売り上げにしてもらった。
 半分は、81年から24年間お世話になった会社への、“御礼奉公”のつもりだった。会社が嫌で辞めるわけではないし、レッズの仕事をする以上、埼玉新聞社との付き合いが切れるはずはないからだ。

 もう半分は、見栄と意地かな。
 退職する際に有給休暇をほとんど消化して辞めていく先輩(途中から後輩も辞めていくような年齢になったが)を見て、疑問を感じていた。今から新しい仕事を探すのなら仕方がないが、たいていは次の勤務先が決まっている。他の新聞社に転職する場合は、間違いなく収入が上がるのだ。それなのに、今まで勤めていた職場が減員になって忙しくなる理由を作り、ただ給料だけをもらう。労働者の権利を行使しているだけ、と言えばそのとおりなのだが、何だか釈然としなかった(労働組合の副委員長をやった人間の言うことではないな)。
 そんなふうに思っていた自分が、いざ辞める段になるとコロッと立場を変えて、平然と代休や有休を消化することはできなかった。
 もったいなかったかな、と思わないでもない。だが当時は意地を優先させた。

 独立10年目の今年、独立したときの気持ちや、あの意地を思い出して1年間頑張ろう。そして来年の独立10周年記念日が満足のいく日になるようにしたいものだ。

 2015ACL開幕戦の準備で、超多忙の時期に違いないが。
(2014年2月22日)

 
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